太田龍之介には危機感しかなかった。
　苦しくも充実した明治大学での4年を経て、昨季はユース時代を過ごしたファジアーノ岡山の一員としてJ1昇格を経験した。ただ、ケガで長期間プレーできず、復帰後も力を出し切れた感覚はなかった。それは岡山とともにJ1の世界に入った今季の序盤も続いた。試合に出られず、積み上げてきた自信はどこかに置き忘れていた。
　「自分が目指してきたのはプロになることではなく、試合に出て活躍すること。それが醍醐味だし、だから危機感しかなかった」
　自分がユース育ちであり岡山のホームグロウンの対象であることが逆に甘えに繋がっていないか。この先プロとしてずっとお金を稼いでやっていけるのか。そんな思いが渦巻くなかでオファーが届いた。
　「栃木SCはフォワードがかなりいる印象でした。試合に出られる保証はないけれど、ライバルがたくさんいる環境のほうがポジションを掴み取る価値は高まる。今の自分には相応しいと思ったんです」
　フォワードの育成に定評がある小林伸二監督がいることも大きかった。栃木SCに合流するや否や、猛烈な個人特訓が始まった。目の前の敵を外すときの方法には、太田が考えもしなかった工夫と独特のリズムがあった。小林監督が常に見てくれて声をかけてくれる以上、日々のプレーにもっと拘らないと――そんな思いも自然と芽生えていた。
　栃木SCに加入した現在は6試合連続スタメンを果たし、2得点、1アシストを記録。上々のリスタートを切り、栃木SCで成長できている実感も手応えもある。そして新たに背中を押す感情も芽生えていた。
　「プロになってから一番悔しい試合でした」
　前節讃岐戦の4失点惨敗が背中を突き動かしていた。
　「今ようやくプロの醍醐味の中にいるのに、あんな負け方をするなんて。栃木SCのサポーターも讃岐まで多数駆けつけてくれて、岡山からも多くの方が来てくださって、伸二さん（小林監督）も自分を信じて80分くらいまで起用してくれたのに結果を残せなかった。センタフォワードの自分がこのチームを勝たせないといけないと改めて思ったし、本当に不甲斐ないなと。自分はレンタルでここに来ている立場ですが、2か月ほど経過して、このチームでJ2に昇格したい、このチームで勝ちたいという思いが日増しに強くなっているんです」
　どうすれば勝てるのか。それがずっと頭の中を巡っている。
　「このチームでは自分の年齢は上から数えたほうが早いし、もっとプレー以外でも引っ張っていけるんじゃないか。前節もハーフタイムにもっと違う声掛けをしていれば失点を防げたのではないか。もっとできることがあったと思うし、今手元にあるのは悔しさだけです。だからこそ、 次の試合は絶対にホームで勝ちたい。サポーターの方々が僕らに必死に訴えていることも理解できるし、だからこそ一緒に勝ちたいし、まだまだ諦めずに一緒に戦ってほしいんです。自分たちも諦めずに最後まで闘うので精一杯の応援をお願いしたいです」
　太田がその思いの丈をピッチで示していく。
　
（文・鈴木康浩）